20091015日〜115日 

サガルマータ紀行
準備編

(レポート by 堀)

 

ひょんなことで、エヴェレスト街道トレッキングが実現しそうです。せっかくの機会なので記録を残しておこうと思い、
この紀行文
をスタートさせます。

エヴェレストという名称は、英国インド測量局の測量担当者により、前長官のジョージ・エヴェレストに因んで1865年に
名付けられたとの
ことです。何だか担当者のゴマスリみたいですね。世界の最高峰の名前としては、せめて当時の英国女王
だったヴィクトリア女王あたり
にしておいてほしかったと思います。

中国(チベット)名はチョモランマ。エヴェレストはネパール・中国国境に位置しているので、中国は国威発揚の意図が
あるのか
チョモランマを使わせたいらしい。ネパールではサガルマータがこの山の公式名称で、我々の歩くエヴェレスト
街道はネパールの
サガルマータ国立公園に位置する。そんな訳で題名は「サガルマータ紀行」としよう。

 

「トレッキングのきっかけ」

昨年(2008年)99日、五反田・古里での「クマさん会」の呑み会で、田形さんからネパールへトレッキングの話題が出て、
吉松さん
と私(堀)が是非行きたいということで盛り上がりました。その夜中に、さっそく田形さんからラフなスケジュール
案が送られてきた。

「地球の歩き方(ネパール)」など買い込んですっかりその気になり、年賀状にも「夢はエヴェレスト街道トレッキング」など
と書いた
ところ、ソニーOBの松延さんから「自分も計画があるので一緒にどうか」との連絡をいただいた。

松延さんグループと一緒に行く方向で計画が進み始めたわけです。松延さんグループには松延さんのほか、鹿児島在住の西村
希志子さん、福岡市在住の池田友行さんが参加予定。その後、吉松さんは再就職してしまい、長期の休みが取れなくなって
断念。

そして飛行機の予約も出来た823日、高所トレーニングに池田さんと北アルプス裏銀座に行っていた松延さんが、三俣山荘
で心拍異常
(120〜150)を感じ、自力で下山するにはリスクが伴うという医師の判断で、山荘から富山県警救急ヘリで入院する
という予期せぬ事態。

同行の池田さんにも高山病の初期症状が。

結局、2人が不参加となり、実現が危ぶまれる事態となったが、残ったメンバー、田形さん、西村さんと堀の3名で行くことと
なった。

西村さんがトレッキング経験者で、彼女の友人、渥美さんがネパールでボランティアをしていて、懇意のガイド(ビソさん)
もいると
いうわけで、計画はすっかり西村さんにお世話になりました。

 

【予備知識】

ネパールって?

インドとチベットに挟まれた東西850km南北
200
km、北海道の2倍程度の国土とのこと。
200kmというと東京駅から越後湯沢くらいだ。
たった
200kmの距離で、インド国境の標高200
ほどのタライ平原から
8848mのエヴェレストに
至るというのは驚きだ。

まさに巨大な壁が聳えているといった感じで
しょうね。

また、東京から富士山を見るとき、もしも富士山
のすぐ先に
8848mがそびえていたら、それは
すごいだろうな。

ネパールの、この狭い国土に30以上の民族が暮ら
している
とは、我々には想像しにくい。

緯度はほぼ沖縄辺りに位置するので、亜熱帯地域
といえる。

中央よりも北寄りに位置する首都カトマンドゥは
標高
1300mくらい。東京の同じ季節より気温は高い。

ベンガル湾の湿った空気とチベットの乾いた空気が
ヒマラヤ
を挟んで押し合っているので、海から風が
吹けば雨季となり、

山から風が吹けば乾季となる。10月から4月ごろ
までは乾季
で、山を見るのが目的なら乾季という
ことになる。なかでも
10月〜11月は空気が澄んで、
寒さもまだ厳しくないので絶好
のトレッキング
シーズンである。

歩くコースは
スケジュール

エヴェレスト登山のベースキャンプに至るコース
です。

トレッキングコースとして、人気ナンバーワン。

山岳民族であるシェルパを中心にした村々を結ぶ
生活道路
ですが、車は通れません。

810

鹿児島の西村さんから、ネパールから取り寄せたと
いう
トレッキング地図が送られてくる。
何だか日本軍が、支那で使っていたというような
雰囲気の地図。

エヴェレストの標高(8848m)が8846mになって
いるのは
ご愛嬌。誤植らしいが、他にも変なところ
がある。

 


装備は?

装備一覧表

 
国内ではせいぜい
23泊の山小屋泊まりですが、
3週間の海外トレッキングとなると、持物も
登山用品は当然ながら、海外旅行、それも欧米
ではなくネパール!何が必要なのか?
 

ネパールには、都市部のホテルはともかく、一歩郊外
に出ると“トイレというものがない”と言ったほうが
いいという話である。

写真は、西村さんが送ってくれたダンプスのロッジの
トイレ(左)とシャワー室。トイレには、紙を捨てる
カゴが・・・

*ダンプスはアンナプルナ・トレッキングの入口の村です。
(今回は行きません)

トイレはロッジとは別棟になっているので、サンダル
を持参。トイレットペーパーも
3巻持参。
(ネパールにトイレットペーパーが無いということ
ではないので、念のため)

なお、シャワーはお湯は出てきません。

 

家から登山靴という訳にもいかないので、これも荷物。
亜熱帯から氷河の世界まで。
当然、着るものも半袖からダウンジャケットまで。

洗濯物を干すロープやハンガー、洗剤も。高山病対策
の薬・ダイアモックスや胃腸薬、風邪薬、バンテリン
etc

停電が日常茶飯事だから、ローソクも用意しなくちゃ。
それなら充電も出来ないので、フィルムカメラも入れて
おかなきゃ。

子供にお菓子をあげるのはよくないね。終戦後、
“米兵にチョコレートをねだるジャップの子供”
みたいな図はいやだからね。
そうだ!千代紙を持っていこう。

そんなこんなで、左の大荷物に。

関西空港までこれを運んでいくのか・・・ザックは
65ℓ、中に小型ザック(25ℓ)が入っています。
それに大型スーツケース。

お金は“腹巻やら何やらに、¥:$を幾つかに分けて
”と・・・

どうにか準備が整ったようだ。

復路、関空から帰宅の足が決まっていないが、定刻
に関空に着くのかどうか、これは出たとこ勝負に
しよう。

 

それでは行ってきま〜す!

続きは、帰国レポートで。

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